2020年の新薬のイノベーションは非常に堅調でした。 承認を受けた薬は合計で53件に達しましたが、これは20年間で2番目に多い数字です。製薬業界の生産性の高さを示す素晴らしい指標だと言えるでしょう。 構造的イノベーションは、アメリカ食品医薬品局(FDA)により昨年度数多くの小分子薬が承認された、主な要因でした。
新薬承認の2020年コホートには、小分子、抗体、抗体薬物複合体、ペプチド、オリゴヌクレオチドが含まれていました。 この中でも、環状小分子が継続的に薬の主要モダリティーとなっており、新規治療薬のうち31件を占めます(診断用造影剤は含みません)。 小分子薬の65%または20件は構造的に新しいものでした。つまり新しい分子形状に基づく新規分子化合物(NME)が1件以上含まれていたということです。 このブログ記事では、この新薬のうち数件の概要と、その形状が臨床的影響力に果たす役割について説明します。
分子形状の重要性
構造イノベーションと、薬が臨床的および商業的に成功する可能性との間には、明確な関係があります。 実際に、構造的に新しい薬は他の小分子薬と比較した場合、2.5倍以上FDAによるBTDステータスの認可を受けやすく、2倍以上の売上を記録する人気の薬となっています。
化学構造の視点から新薬のイノベーションを評価する利点は、最近ACS Medicinal Chemistry Lettersに公開した論文で説明されています。 薬の革新性と分子構造とを関連付けることは、化学構造と薬理学的活性との直接的な関係性を考えると、理にかなっています。 大部分の小分子薬の作用は、タンパク質の特定部位への結合力という機能です。これは本来、人の体内で自然に生成される一部の分子が結合する部位です。 例えば、ある薬は天然の分子より強固に結合するため、その分子が生物学的機能を満たすことを妨げることになります。 したがって、目的の部位への結合力とは、その分子構造の機能と言えます。
薬の構造を分析するためによく使用される概念的ツールの一つは、その骨格です。 この定義は、そのすべての環と、環をつなげる鎖すべてで構成される分子構造の一部です。 薬の構造の骨格部分は、薬の標的となる結合部位に作用するために、決まった方法で配置しなければならない特定の化学基を固定する上で重要です。 薬理学的特性が似ている薬が同じ骨格を持っているのは、珍しいことではありません。 骨格は特定の化学的詳細情報(例:特定の種類の構成要素と結合)を無視して、骨格を以下のような抽象的な形状として考えることで、さらに簡素化することが可能です。
そのシンプルさにもかかわらず、分子形状は頻繁に化学構造の比較に使用され、構造イノベーションの点から薬を評価するためにも使用されます。 最近承認された薬に、以前の承認薬に使用されたことのない形状がある場合、それは構造的に新規であるとみなされます。 そのような薬は新しい「化学領域」を効果的に開拓するため、先発医薬品と呼ばれます。
骨格と形状の概念は、少なくとも1つの環を有する分子のみに適用されますが、大部分の薬分子はこの条件を満たしています。 2020年に承認された33件の小分子薬のうち、31件に1つ以上の環があります。 その中の20件は、CASの新しい分類スキームを元に、構造的に新規先発医薬品であることが分かりました。
構造の新規性を元に創薬イノベーションの特徴について更なる知見を得るには、ACS Medicinal Chemistry Lettersに公開されたオープンアクセスのCASの記事「新薬の革新性を評価する構造的アプローチで、画期的開発の速度が加速化」をご覧ください。
新しい構造的特徴による患者のアウトカム向上
構造イノベーションは、往々にして、患者のアウトカムに直接的影響を及ぼす有効性や毒性などの薬物特性を向上させたいという意欲によって前進します。 これは2020年に承認された、奇病または希少疾患を治療する3件の新薬などで見ることができます。このような疾患は通常、患者人口が少ないために十分な治療の選択肢がありません。
Zepzelca (Lurbinectedin)はPharmaMarに由来し、転移性小細胞肺がんの治療に承認されたDNAアルキル化薬です。 Lurbinectedinの分子形状は1992に初めて報告され(Lurbinectedinの治験新薬申請(IND)がFDAに提出される16年前)、現在のところ同じ形状で報告されている他の物質は150件未満です。 Lurbinectedinは単一環系を含みますが、10構成環から構成される非常に複雑な環系となっています。 画像でハイライトされている部分の構造は、医薬品化学でよく知られている構造構成ブロックである三環式の環形(Tryptoline)です。 いくつかの天然物やCialis (Tadalafil)などの薬の環形に埋め込まれていることがわかっています。 Tryptolineは、転移性脂肪肉腫または平滑筋肉腫の治療のため2015年にFDAが承認して従来の薬、Trabectedinのテトラヒドロイソキノリン環形の代替としてLurbinectedinの設計に使用されています。 この代替により、以前は承認薬で使用されたことのない、新しい環系が開発されました。 Lurbinectedinの新しい環系により、Trabectedinとの相対的な毒性、効力、薬物動態を大きく改善しました。
Evrysdi (Risdiplam)はPTC Therapeuticsに由来し、脊髄性筋萎縮症の治療用に承認されたSMN2修飾遺伝子です。希少かつ致命的な遺伝病を治療する初の経口薬です。 Risdiplamの分子形状は2013に初めて報告され(このINDがFDAに提出される3年前)、現在のところ同じ分子形状で報告されている他の物質は50件未満です。 Risdiplamの骨格は共に結合されている3つの環系から構成されています。 画像でハイライトされている環系(4,7-diazaspiro[2.5]octane)は、ある承認薬で以前使用されていたものです。 この環系はスピロ環系の例で、2つの環が共通の原子で結合されています。 具体的には、ピペラジン環と三員環のスピロ融合です。 このピペラジン環のスピロ環派生物は承認薬では新規のものですが、ピペラジン環自体は新しくありません。非常に多くの市販薬で使用されています。 このようなスピロ環系は、分子構造の非平面性を高める性質から、立体的な様相を向上させるため医薬品化学における関心が高まってきています。
Retevmo (selpercatinib)はArray BioPharmaに由来し、RET遺伝子変異または融合を伴う肺がんおよび甲状腺がんの治療に適用されるRET(トランスフェクション中の再構成)抑制剤です。 選択的にRETを標的とした初のFDA承認薬です。 Selpercatinibの分子形状は2018に初めて報告され(このINDがFDAに提出されて1年後)、現在のところ同じ分子形状で報告されている他の物質は350件未満です。 Selpercatinibの骨格は、相互に結合する4つの環系から構成されます。 画像でハイライトされている環系(3,6-diazabicyclo[3.1.1]heptane)は、ある承認薬で以前使用されていたものです。 Evrysdiという薬(上述)でハイライトされていた環のように、この新しい環もピペラジン環の派生物です。 この派生物は、ピペラジン環へのブリッジとして1個の炭素を追加することで生み出されました。 最近の研究では、この種の環を薬物構造に組み込むと親油性(脂質様環境への親和性)を低減できることがわかりました。 これは薬物活性の多くの面に影響を与える重要な特性です。 X線結晶学では、Selpercatinibの2個の中央環(新しいブリッジされたピペラジン環を含む)は、2020年に承認された第2のRET阻害剤であるPralsetinibに比べて、標的のタンパク質のリガンド結合溝に深く埋め込まれることが分かりました。 これは薬を標的に結合する上で環が果たす重要な役割を物語っています。
先発医薬品が腫瘍学にもたらす重要な発展
注目すべき構造的に新しい承認薬について説明するために、腫瘍学の治療分野に目を向けます。 2020年には12件の小分子抗がん薬が承認されましたが、これは他のどの分野より多くの件数です。 次の図では抗がん薬の先発医薬品と既存の分子形状の薬の内訳を示しています。
この図は非先発の承認薬より先発医薬品は3倍多いことを示しています。
構造的に新しい薬は、2020年に承認された環系小分子抗がん薬12件のうち、9件を占めています。 先発医薬品の例として、図6では6件の先発医薬品であり、FDAによりBTDステータスに指定された新しい抗がん薬を紹介しています。 これらの薬を詳しく観察すると、がんの治療に関して重要な「初めて」薬であることが分かります。これも構造イノベーションの臨床的な影響力を更に裏付けています。
Ayvakitは、血小板由来の増殖因子受容体の特定変異により引き起こされる消化管間質腫瘍の治療用に承認された初の治療薬です。
Pemazyreは、腫瘍に線維芽細胞成長因子受容体の変異がある転移性胆管がん(肝内胆管がん)の治療用に承認された初の治療薬です。
Qinlockは進行した消化管間質腫瘍の治療薬で、3種類以上のキナーゼ阻害剤での事前治療を受けたことのある患者の治療薬として承認された初めての薬です。
Retevmo(上述)は、腫瘍のREN遺伝子に変質(変異または融合)がある非小細胞性肺がんと一部の甲状腺がんの初の治療薬です。
Tabrectaは、腫瘍にMET(上皮間葉転換)エクソン14スキッピング変異を有する転移性非小細胞性肺がんの初めての承認治療薬です。
Tukysaは、脳部に転移したものを含む、手術不能、局所進行または転移性のHER2陽性乳がんの患者に対する併用療法の一部として承認された薬です。
構造イノベーションへの動因の加速
CASによる最近の構造ベースの創薬イノベーションの分析で示されているように、FDA承認薬における先発医薬品の割合は過去数十年間で上昇傾向にあります。 2020年の承認薬の分析が示唆するのは、この構造イノベーションのトレンドは、医薬品開発者が既存薬の改善、現在治療不能な病状の治療薬発見、高価値の治療分野における独自の知的財産権の確保を求めているため、今度も続くようことです。 さらに、定評のある抗生物質への抗生物質耐性や、COVID-19を引き起こすコロナウイルスSARS-CoV-2などの新しいウイルス性病原などの新たな脅威が出現したことで、脅威を軽減する新しい治療薬の開発の緊急性は高まり続けています。 ここで疑問なのは、新薬の発見を加速するために何ができるのか、機械学習と最新の予測アプローチは今後数年間にこのトレンドにどの程度の影響を及ぼすかということです。
CASの最新インフォグラフィックを見て、2020年に承認された全31件の環状小分子薬の構造を比較してみてください。