mRNAワクチンは、COVID-19の爆発的感染を抑制して徐々に終息させる上で、従来型のワクチンよりも潜在的に数多くの利点を有します。mRNAワクチンの詳細とCOVID-19との戦いを支えるCASの取り組みについてご覧ください。

COVID-19の打倒を目指す新たなmRNAワクチンのご紹介
COVID-19感染者向けの治療薬は既に研究が進み、数多くの生命を救うことが可能になってきていますが、安全で効果的なワクチンが唯一の長期的な解決方法だと考えられています。最近、Cellで発表された研究では、無症候性および軽症のCOVID-19の症例で、ウイルスに固有の抗体が検出されなくとも、強いT細胞が媒介する免疫反応が生じていることが明らかになりました。この発見は、この疾患の拡散を迅速に抑制し、最終的に流行を終息させる上で大規模なワクチン接種が効果的だという理論を支持しています。
現在まで、各国政府、大学、営利の研究開発機関の共同努力によるCOVID-19のワクチン候補は176件を数えます。そのうち34件は臨床評価中で、8件は第3相臨床試験に進んでいます。 これらの主要な候補のうち2件がmRNAワクチンです。mRNAをワクチンとして使用するのは人での使用が承認されたことがない新しい方法ですが、従来型のワクチンに比べて数多くの潜在的な利点を有します。
急速に広がるCOVID-19ワクチンパイプラインにおける、その他のワクチンの概要と知見については、最近のブログ記事:初のCOVID-19ウイルスの開発に向けた既存技術と新しい技術の競争をご覧ください。
mRNAワクチンとは?
mRNA(メッセンジャーRNA)は、異なるタンパク質を生成するために使用する情報細胞を運ぶ設計図のようなものです。人の細胞内でDNAの遺伝情報をもとにタンパク質を生産するには、大きく分けて2つの手順が必要です。まず、細胞核でDNAに符号化された情報が転写と呼ばれるプロセスでmRNAに写し取られます。次に、mRNAは細胞核から細胞質に移動し、リボソームがmRNAをタンパク質に翻訳します。このタンパク質が細胞や組織で各種の役割を担います。
宿主細胞で免疫反応を引き起こす抗原タンパク質を直接導入する従来型のワクチンと異なり、mRNAワクチンでは疾患固有の抗原を符号化するmRNAを導入し、宿主細胞のタンパク質合成機構を利用して免疫反応を誘発する抗原を生産します。体内にこのような外部の抗原が生産されると、免疫系がウイルスの抗原を認識して記憶する準備を行い、同じ抗原を使用して将来的なウイルス感染に対して戦う準備を整えることができます。
mRNAワクチンが感染に対する身体の正常な防御プロセスを活性化させる
ウイルスに感染すると、T細胞とB細胞という免疫細胞が連携し、それぞれ細胞媒介免疫および抗体媒介免疫を誘発させます。細胞媒介免疫では細胞傷害性T細胞がウイルスに感染した細胞を殺しますが、抗体媒介免疫では抗体がウイルス自体を中和します。mRNAワクチンは、ウイルスの能力を無害な形で真似て、感染に対する身体の免疫反応を引き起こし、両方の種類の免疫を誘発します。図1は、mRNAワクチンが免疫を導入する追加メカニズムを示しています。

図1. mRNAワクチンの作用機序
ワクチンを接種すると、脂質ナノ粒子に封入されたウイルスのスパイクタンパク質を符号化するmRNAワクチンが細胞に入ります。そこでリボソーム内でタンパク質に翻訳されます。このタンパク質はプロテアソームにより小さく分割(ペプチド)されるか、ゴルジ装置により細胞外に輸送されます。細胞内に残った小さい部分は細胞表面でMHC(主要組織適合性遺伝子複合)クラスIタンパク質を持つ複合体として出現します。この複合体はCD8+ T細胞により認識され、細胞媒介免疫を誘発します(図1の左側)。一方、細胞外部のスパイクタンパク質は別の免疫細胞に吸収されてリボゾームにより分割されることが可能です。これらの部分はMHCクラスIIタンパク質を持つ複合体として細胞表現に現れ、CD4+ T細胞に認識されて抗原に固有の抗体を作るB細胞を促進させます(図1の右側)。
大流行の終息に向けた道のり
歴史的にワクチン開発は数年から数十年という長い時間がかかり、複雑でコストのかかるプロセスです。しかし、SARS-CoV-2のような伝染力の強い新規のウイルスと戦うには、ワクチンの迅速の開発と大規模な導入が必要です。このような状況でmRNAには数々の利点があります。上記のB細胞とT細胞の免疫反応の誘発による特異性と有効性の向上に加えて、mRNAがin vitro転写(IVT)により細胞のない環境で大量に生産可能だという事実があります。これにより迅速な開発、製造プロセスの簡素化、よりコスト効率の高い製造が可能になります。
COVID-19が爆発的に流行してから、mRNAワクチンの開発は飛躍的に進展しました。注目すべきはModernaがSARS-CoV-2の全配列を取得してから2か月間の研究でCOVID-19のmRNAワクチンの臨床試験まで至ったことです。7月に同社は第1相試験でワクチンの安全性と保護的免疫反応を確認しました。PfizerおよびBioNTechが共同開発を通じて開発したmRNAワクチンでは肯定的な結果が得られています。8月には第1相臨床試験で安全性と免疫原性データを報告し、BNT162b2候補ワクチンは第2相および第3相の臨床試験を始めることができました。Pfizerは大規模臨床試験で成功を収めた場合、早ければ2020年10月には承認を求めると発表しました。人における臨床試験が行われている上記およびその他のmRNA候補ワクチンは表1に記載されています。これまで生産されてきたCOVID-19 mRNAワクチンはすべて抗原としてSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を符号化しています。
表1 臨床開発中のCOVID-19のmRNAワクチン
候補ワクチン |
候補ワクチンの種類 |
開発元/ |
規制ステータス/ |
---|---|---|---|
mRNA-1273 |
脂質ナノ粒子(LNP)カプセル化RNA |
ModernaおよびNIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases:アメリカ国立アレルギー・感染症研究所) |
第3相/NCT04470427 第2相/NCT04405076 第1相/NCT04283461 |
BNT162 |
3 LNP-mRNAs |
BioNTech、Fosun Pharma、Pfizer |
第3相/NCT04368728 第1/2相 2020-001038-36 NCT04368728 |
CVnCoV |
mRNA |
CureVac AG |
第1相/NCT04449276 第2相/NCT04515047 |
LNP-nCoVsaRNA |
自己増幅RNAワクチン |
Imperial College London/Morningside Ventures |
第1相/ISRCTN17072692 |
ARCT-021 |
自己複製RNAナノ粒子送達系 |
Arcturus Therapeutics/Duke-NUS Medical School |
第1/2相 NCT04480957 |
ARCoV |
mRNA |
Academy of Military Medical Sciences、Suzhou Abogen BiosciencesおよびWalvax Biotechnology |
第1相/ChiCTR2000034112 |
開発速度に加えて、体内におけるmRNAワクチンの作用機序は安全面で多くの利点があります。mRNAワクチンはウイルス抗原を符号化した遺伝子情報を送達しますが、宿主細胞の遺伝子に組み込まれたり、DNAに作用することはないため、宿主に変異リスクがありません。また、mRNAワクチンにはウイルス粒子の情報がないため、mRNAワクチン自体が、予防対象の疾患を引き起こすことはありません。さらに、mRNAワクチン接種後の抗原の発現は一過性であるため、体内における存続は限定的です。
しかし、従来型ワクチンの有効な臨床的選択肢となるには、mRNAワクチンは免疫原性と安定性に関連して克服すべき主な課題が2つあります。第一に、ワクチンのmRNA鎖が意図しない免疫反応を引き起こす可能性があります。これを最小限に抑えるため、mRNAワクチン配列は哺乳類細胞が生産するmRNAの配列を模倣して最適化されます。第二に、遊離mRNAは体内ですぐに分解するため、目的の効果が弱まります。これを回避するため、mRNAは脂肪カプセル(脂質ナノ粒子)に組み込まむことで安定性を向上させます。さらに容易に細胞に取り込めるようになります。 このような技術の進歩によりmRNAワクチンをより広範囲に利用できます。
最初に市場に登場するCOVID-19ワクチン候補がどれになるのか、どのワクチン開発方法が長期的に見てウイルスに対して最も効果的なのかは、まだ不明です。しかし、現在までの臨床試験のエビデンスでは、mRNAワクチンは迅速、安全、効果的な新しいプラットフォームとして高い可能性を秘めていることを示唆しています。COVID-19の大流行ができるだけ早期に終息することを願いますが、ワクチン関連の技術は、爆発的感染以上にCOVIDが加速させたイノベーションが功を奏す多くの分野の一つとなるでしょう。
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