サル痘 - 科学的にはどの程度心配するべきか

Janet Sasso , Information Scientist, CAS

Monkeypox virus cellular depiction

COVID-19のパンデミックでウイルスに対する意識が高まる中、世界各地でサル痘発生のニュースが流れ、多くの赤信号が発せられています。 サル痘は、中央・西アフリカに限定して常在するウイルスですが、 今回のアウトブレイクは、今までとは異なる形で、またこれまで感染しにくかった人の間にも広がっています。 現在、300件以上の確定症例または疑わしい症例がアフリカ以外の少なくとも19カ国で認められており、さらに多くの症例が調査中です。 CAS コンテンツコレクション™を活用することで、サル痘に関する研究環境や治療法の選択肢、そして類似ウイルスでの科学プロファイルなど独自の洞察を得ることができます。   

サル痘とは

サル痘ウイルスは、ポックスウイルス科、オルソポックスウイルス属に分類されます。 CASコンテンツコレクションには、サル痘ウイルスの系統発生が掲載されています。 小児皮膚病のひとつである伝染性軟属腫と同じ科であり、ワクシニアウイルス(牛痘ウイルス)やバリオラウイルス(天然痘ウイルス)などのウイルスと同属であることがわかります。 ただし、一般的に知られている水痘ウイルス(水ぼうそう)との関係はありません。 1958年に研究用サルのコロニーが痘瘡様疾患を発症したことから初めて発見され、最初のヒトの症例は1970年にコンゴ民主共和国(DRC)で報告されています。 それ以降は、流行国以外で発生した症例はすべて、流行国からの渡航者または感染した輸入動物に限られていました。 サル痘は人獣共通感染症に分類され、その感染経路は主に動物からヒトへ、またはその逆からでした。 しかし今回のアウトブレイクでは、非流行国でヒトからヒトへの感染にシフトしていることから、多くの人々を困惑させ、そしてこの奇病が紙面を賑わせるようになりました。

ポックスウイルス科の4種の部分系統図。
図1. ポックスウイルス科の4種の系統図。   (これはポックスウイルス科のスナップショット。 現在、ポックスウイルス科には83種が存在する。)  

 

サル痘に関する研究発表の状況

CAS コンテンツコレクションで分析すると、オルソポックスウィルスの研究は1980年代後半に増加し始め、このカテゴリーでは3万件の学術論文と特許が存在しています。 予想通り、サル痘の論文・特許は1200件程度と非常に少なく、2000年代前半に論文がわずかに増加した程度で、その後2003年から2021年までも比較的安定した状況になっています。

 

オルソポックスウイルスとモンキーポックスウイルスに関する過去20年間の研究動向を示した図
図2. オルソポックスウイルスとモンキーポックスウイルスに関する過去20年間の学術論文と特許を含む研究動向。 

 

表1. サル痘ウイルスを研究している企業・研究機関トップ10

企業・研究機関 論文及び特許の数
国立衛生研究所(米国)
38
米国疫病対策センター 35
米国陸軍伝染病医学研究所 26
セントルイス大学 14
ロベルト・コッホ研究所 9
オレゴン衛生科学大学 7
南イリノイ大学 7
Chimerix Inc. 6
ラホヤ免疫学研究所 6
ユタ州立大学 6

 

サル痘はどのように感染するのか   

サル痘ウイルスは二本鎖DNA(dsDNA)ウイルスで、ゲノムの大きさは約190kbです。 一方、SARS-CoV-2は一本鎖RNAウイルスで、ゲノムの大きさは約30kbです。 SARS-CoV-2は非常に小さいため、エアロゾル化して空中を6フィート(1.8m) 以上移動可能であることは周知の通りです。 一方、サル痘ウイルスのサイズははるかに大きく、エアロゾル化せず、移動しても数フィートで空気中に落下します。 また、サル痘ウイルスはSARS-CoV-2ウイルスのように空気中に滞留することもありません。 ヒトからヒトへの感染が空気感染によって起こるためには、感染者との長時間の対面接触が必要です。 また、体液や病変部に直接触れたり、衣服や寝具などを通して病変部の物質に間接的に触れたりすることでも感染します。 動物からヒトへの感染は、咬まれたり引っかかれたり、野生動物の肉の調理、あるいは体液や病変部との直接または間接的な接触によって起こります。 ウイルスは、皮膚の傷口や気道、または粘膜から体内に侵入します。 サル痘ウイルスは、SARS-CoV-2ウイルスと比較してサイズがずっと大きいDNAウイルスであるため、変異する速度が非常に遅いというのもプラスの意味で対照的です。 そのため、歴史的にも現在においても、ワクチンは非常に有効です。

現在のサル痘の遺伝子プロファイル

DNAウイルスは通常安定しており、RNAウイルスと比較すると、変異のスピードも極めて遅くなっています。 2022年5月19日、ポルトガルの研究者が初めてゲノムのドラフト配列を共有しました。そして5月23日、現在の複数国でのアウトブレイクを引き起こしているサル痘ウイルスの9つのゲノム配列を追加で公開しました。 現在の予備的なゲノムのドラフト配列は、現在の流行が標準的な西アフリカ株に属し、2018年と2019年にナイジェリアから複数の国への動物輸出に関連したサル痘株と密接な関係があることを示しています。 研究者らは、現在の流行は単一の起源に由来する可能性が最も高いものの、2018/2019年の配列とは50個の低分子核酸多型 (SNP) で分岐していると観ています。 また、このアウトブレイクのクラスター内で最初のミクロ進化の兆候を発見し、7つのSNPの出現により、さらに2つの配列からなるサブクラスターを含んだ3つの子孫の枝が形成されたことを明らかにしました。 この2つの配列のサブクラスターは、913bpでフレームシフト欠失するため、ヒトからヒトへの感染と関連していると思われます。 このミクロ進化により、このゲノム配列に十分な分子単位での解像度が出るため、このアウトブレイクにおけるウイルス拡散を追跡するという、多くの場合他のdsDNAウイルスではできないことができるようになるかもしれません。   

SciFinderでのサル痘ウイルス配列表示の一部
図3. CAS SciFinder-nのサル痘ウイルス配列表示の一部。 完全な記録は
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ワクチン接種とサル痘治療候補

ワクチンは一般向けには直ちに提供されませんが、米国政府は現在、初期患者の一部ハイリスク接触者のために、国の戦略的国家備蓄からJYNNEOSワクチンを開放しています。 表2は、現在行われている予防接種と可能な治療法をまとめたものです。

表2. サル痘ワクチンと可能な治療法  

名称およびCAS登録番号 注意
ワクチン  
JYNNEOS (Imvamune/ Imvanex) * 
1026718-04-6 
米国でサル痘、天然痘の予防薬として認可されている。 サル痘に対して最低85%の予防効果。
ACAM2000* 
860435-78-5
サル痘感染者に対しては、拡張された investigational new drug(IND - 治験新薬)プロトコルに基づき使用可能。 天然痘の感染リスクが高い18歳以上への予防接種として認可。  
可能な治療法  
Cidofovir 
113852-37-2
in vitroおよび動物実験に基づき、ポックスウイルスに対する活性が証明されている。 腎毒性の副作用。
Brincidofovir (CMX001) 
444805-28-1 
in vitroおよび動物実験に基づき、ポックスウイルスに対する活性が証明されている。 Cidofovirよりも安全性プロファイルが向上。
Tecovirimat (ST-246) 
869572-92-9 
動物実験で、オルソポックスウイルスによる疾病に有効であることが示されている。 ヒトでの臨床試験では、安全性と忍容性が確認され、副作用は軽微であることが示された。 現在、戦略的国家備蓄品として備蓄されているがIND下においてのみ使用可能になっている。
Vaccinia Immune Globulin (VIG) VIGの使用はINDの下で実施されているが、天然痘の合併症の治療における有益性は証明されていない。 VIGは、曝露者が重度のT細胞機能不全で、サル痘への曝露後の天然痘ワクチン接種が禁忌である場合に予防的使用の検討を可能とする。


展望

1980年に世界保健機関が天然痘の根絶を宣言したことに伴い、天然痘の根絶計画は世界的に終了しました。 どんな予防接種でもそうであるように、免疫は時間の経過とともに低下します。1980年以降に生まれた人は、天然痘の予防接種を受けていないため、サル痘ウイルスから守られていないことになります。 研究によると、DRCで天然痘ワクチン接種が終了してから30年後、ヒトのサル痘感染率が大きく上昇したという結果が見られます。 この事と、サル痘の研究はあまり進んでいないという事を合わせると心配になる人もいるようですが、同じウイルス科の他のウイルスについては、広範囲の研究がなされています。 ワクチン接種、治療法、感染率の低さなど、今回の流行はコントロール可能な状況であり、グローバルな影響は最小限に抑えられるはずです。 まだすべての事例が特定されているわけではありませんが、ウイルスに対する認識と公衆衛生上の予防措置により、サル痘ウイルスは非流行国での蔓延を食い止めることができるはずです。