フェンタニルとの闘いを前進させる

Dr. Michael W. Dennis, Esq. , Chief Scientific Officer and Vice President, Legal at CAS

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フェンタニルは、即効性のある鎮痛剤を目的とした合成オピオイドで、最大モルヒネの100倍、またはヘロインの50倍の強さがあります。 比較的低コストであることから、多くの場合フェンタニルはヘロインやコカイン、そしてメタンフェタミンなど他の物質と混合されます。 ただ、フェンタニルは少量でも命にかかわるため、偶発的過量服用が起こっています。 2015年以降は、米国における薬物関連の主な死亡原因はフェンタニルとその類似体となっています。

フェンタニルは公衆衛生の重大な危機を引き起こしています。 米国議会両院合同経済委員会でCDCの方法論を用いたところ、2020年のオピオイド危機の経済的影響は推定1.5兆ドルとの結果が出ました。 これには治療、予防、そして法の執行などが含まれています。 その一方で、新しい科学進歩によって、優れた鎮痛剤の作製や、副作用の軽減、そしてワクチンの開発などがもたらされ、将来的に死亡者数を減らせる可能性もあります。

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図1: 米国の全年齢層における薬物関連の過剰摂取による死亡者数 

フェンタニルの呼吸器への影響

フェンタニルは、最も基本的なところでは、脳内のオピオイド受容体のグループ、つまりµORに結合することで作用します。 これら受容体は、痛みの知覚や気分、そして呼吸に関わっています。 フェンタニルがこの受容体に結合すると、多幸感、錯乱、鎮静などいくつかの作用を引き起こします。しかし、この中でも最も危険なのが、呼吸の抑制と停止、意識不明、昏睡、そして死亡です。

フェンタニルの致死量(2mg)はあまりに微量なため、粉末状では鉛筆の先端より小さい程度でしかありません。 さらに憂慮すべきはカルフェンタニル(フェンタニル由来の危険な類似体)です。フェンタニルより100倍強力で、致死量はわずか0.02mg(食塩数粒相当)となっています。

ヘロインの致死量
図2: ヘロイン(左)、カルフェンタニル(中央)、フェンタニル(右)の致死量。 画像提供:
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オピオイド系薬物 致死量 Comparative Visual
ヘロイン 30 ~ 100* mg  小粒のビーズ
フェンタニル 2 mg 鉛筆の先端
カルフェンタニル 0.02 mg 食塩数粒

*致死量は体質、服用期間、そして付加物質により変化する場合があります。

安価かつ容易に得られる類似体が更なる課題に

フェンタニルの製造は比較的低コスト(1kgあたり1000米ドル以下)ながら、末端価格はおよそ50,000米ドル~110,000米ドルと高額です。 そのため犯罪者にとって非常に収益性の高い薬物になっています。 また、フェンタニルはヘロインやコカインなど他の薬物と容易に混合できることから、さらに強力で中毒性が高まることもあります。

薬物の売人は、当局による発見を回避するために、よくフェンタニル類似体を合成します。 それらは化学的にフェンタニルに類似しているものの、若干構造が異なっています。 これにより、識別や追跡がより難しくなります。

科学文献では、1,400種類以上の類似体が報告されています。 結果として、法執行機関がフェンタニル製造の最新動向を把握することが非常に困難になっています。

フェンタニル類似体は非常に強力なオピオイドで、しばしば違法薬物に使用されています。 規制薬物として記載されているフェンタニル類似体は、42種類ほどあります。 その中には、モルヒネより600倍強力なアルフェンタニル(CAS RN®.71195-58-9)、そしてモルヒネより1万倍強力なカルフェンタニル(CAS RN. 59708-52-0)なども含まれています。 その他、違法薬物の過剰摂取を引き起こす一般的フェンタニル類似体として、アセチルフェンタニル、ブチルフェンタニル、フラニルフェンタニルなどがあります。 最大の死亡者数の原因となっているのがカルフェンタニルです。

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図3. フェンタニルとさまざまな類似体、およびそれぞれのCAS RN®番号。 青色の部分は、類似体間の官能基または化学構造における相違点を示している。 

過剰摂取の際の現在の拮抗薬、「ナロキソン」

フェンタニルが摂取または媒介されたとき、過剰摂取を防ぐための最善の方法はナロキソン(商品名「Narcan」)の使用になります。現在は、さまざまな商品名のもと、注射剤または点鼻薬として利用可能になっています。 最近市販薬として承認されたばかりのこの拮抗薬は、フェンタニルや他のオピオイド系薬物の過剰摂取を速やかにリバースさせます。 過量摂取では通常、鎮静が起こり、呼吸数が減少し、呼吸性アシドーシス(肺が二酸化炭素を排出できなくなること)が増加します。 ナロキソンは、フェンタニルまたはその類似体と同じ神経伝達物質受容体(μOR)に付着することでそれを置き換え、5分以内にフェンタニルの作用と拮抗します。 モルヒネと異なり、フェンタニルの作用に完全に拮抗させるには、10倍近い量のナロキソンが必要となります。

将来的にはワクチンで過剰摂取の予防も

  1. ナロキソンは、オピオイドの過剰摂取をリバースさせる薬です。 ただし、2つの課題があります。
  2. 投与する者は、投与される人が確実にオピオイドの過量摂取している、と認識している必要があること。 投与は、過量摂取後できるだけはやく行う必要があること。

ワクチンを開発すれば、過剰摂取を未然に防ぐことができる可能性があります。 最近、科学者によって、オピオイド使用障害に対するワクチン開発が大きく進歩しました。 これらのワクチンは、標的オピオイド(フェンタニル、モルヒネなど)に構造的に類似したハプテンと、免疫反応の誘因を可能にする輸送タンパク質とを組み合わせて設計されます。

オピオイド特異的ワクチンの投与により産生される抗体は、摂取したオピオイドを捕捉し、中枢神経系(CNS)等に到達しないよう作用します。 これにより、身体は報酬経路の活性化と、それによる薬物依存の発生を回避できます。 オピオイドワクチンの潜在的な利点は、ナルトレキソン蓄積注射などの他のオピオイド治療法よりも抗体による作用期間が長いということがあり、そしてその結果、患者の薬剤服用順守の向上につながる可能性があることです。

現在積極的に研究されているワクチンは、フェンタニル、カルフェンタニルをはじめ、カルフェンタニル/フェンタニル、ヘロイン/フェンタニル、ヘロイン/オキシコドンなどの組み合わせを対象とした1価および2価のオピオイドワクチンなどになっています。 これらのワクチンは、高リスク群の人、医療従事者、そして第一応答者などに投与することで、より予防的な解決策となり得ます。

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図4: オピオイド使用障害の治療のためのオピオイドワクチン接種に対する関心度の推移。  

将来の鎮痛剤で副作用を軽減させるには

米国の場合、フェンタニルによる若者の薬物死亡は、ヘロイン、メス、コカイン、ベンゾ、そしてRxドラッグを合計したものよりも多くなっています。 そこで、より安全で呼吸抑制のリスクが少ないオピオイドの開発は不可欠となります。 主要オピオイド受容体の結合ポケットや構造情報、そして下流のシグナル伝達に関する理解が進めば、より安全なオピオイドの開発が可能になり、望ましくない副作用を減らせる可能性があります。

結合ポケットが呼吸器系への影響を軽減できる可能性

モルヒネや他のμORのアゴニストと比べると、フェンタニルとその類似体は下流のシグナル伝達分子を動員する能力が異なっている、と長い間推測されてきました。 フェンタニルやその類似体で悪影響の強さが増す理由は、バイアスシグナル伝達と呼ばれるこの能力であると考えられていました。

演算による研究では、柔軟なフェンタニル分子はμORの結合ポケットで結合姿勢を取れることが明らかになりました。これは、固定されていてかさばったモルフィナン類似体ではできないことです。 従来より、μORにおけるフェンタニルの相互作用については、限られた構造情報しか得られていませんでした。

ところが、最近ある研究者グループが低温電子顕微鏡を使ってフェンタニルとモルヒネに結合したµORの構造を明らかにしたことで、状況が一変しました(図2B)。 これらの構造を解析した結果、モルヒネが利用できないオルソステリック部位付近の二次結合ポケットをフェンタニルは利用していることがわかりました。 フェンタニルが呼吸抑制を引き起こすのは、フェンタニルがμORに引き起こす構造変化に関連しているためであり、それによってβ-アレスチンの動員が可能になることが示されました。β-アレスチンとは、その活性化によって呼吸抑制を引き起こすことがあるシグナル伝達タンパク質です。

下流シグナルからの機能選択性

同じ受容体に作用するオピオイドでも、その種類によって体への作用が異なるという研究結果も増えています。 これは機能選択性と呼ばれます。 例えば、オピオイドのロフェンタニルは、オピオイドのミトラギニンプソイドインドキシルよりも呼吸抑制を引き起こしやすくなっています。 これは、ミトラギニンプソイドインドキシルが鎮痛に関わる下流のシグナル伝達経路を優先的に活性化するのに対して、ロフェンタニルは呼吸抑制に関わる下流のシグナル伝達経路を優先的に活性化するためです。 今回新たに発見された機能選択性に関するこの情報を活用することで、より鎮痛効果が高く、しかも危険な副作用を起こしにくい、新しいオピオイドの開発が期待できます。  

今後の展望

近年は、オピオイドの過剰摂取の減少を目指した予防の取り組みが増加しています。 これには、公共教育キャンペーン、ナロキソン配布プログラム、そしてオピオイドの供給を標的とした取り締まりのイニシアチブなどが含まれています。 また、米国連邦政府も予防の取り組みに多額の投資を行っています。 ホワイトハウスの国家薬物統制戦略(麻薬管理政策局、ONDCP)は、メンタルヘルスケアへのアクセス向上、そしてオピオイド中毒の予防と治療に50億ドルを投資することを発表しました。

オピオイド中毒と過剰摂取の高いコストは、公衆衛生上の大きな課題となっており、これらの悲劇を防ぐため更なる対策が必要です。 フェンタニルの危険性に対する認識を高め、ナロキソンをより広範囲に利用可能にし、そしてこの薬物の米国への流入を阻止するといった従来の取り組みは、新たな科学ブレークスルーによって加速させることができます。そしてそうすることにより、今後は新たな製剤をはじめ、より少ない副作用や、予防的保護のためのワクチン開発などにつながっていくことでしょう。