
増え続ける知識体系と急速に進化する技術により、創薬業界における変化のスピードは非常に速くなっています。昨日の課題が今日はチャンスに変わり、明日の世界では当然のものになります。
Via Nova Therapeutics社で医薬品化学部門のシニアディレクターを務めていたBen R. Taft博士(Ph.D.)と対談し、構造活性相関(SAR)研究における課題と可能性について議論しました。
この分野に携わるようになってから、SAR研究で体験した最大の変化とは何でしょうか。
データの世界における変化。この業界におけるデジタル化への動きは、確実に大きなインパクトがありました。また、それと並行してデータサイエンスも、そしてデータを可視化そして解釈するためのツールも爆発的に登場してきています。デジタル化によってデータへのアクセスが容易になると、それらのデータを接続させ、他のデータと連結したり関連付けたりするためのツールが開発されるようになり、仕事もより効率的に進められるようになりました。こういったツールを使うことで、データのトレンドを把握して、従来はできなかった新たな観察をすることができるようになりました。
さらに、それらに加えて、機械学習(ML)や人工知能(AI)においても成長と発展が進んでいます。これら要素をすべて組み合わせると、データの世界ではとても画期的な事が数多く発生していることが分かります。
CAS:AIとMLは、創薬やSARにどのような影響を与えているのでしょうか。
実際には、この分野はまだ始まったばかりだと思っています。でもすでに構造予測や最適化で影響が表れています。 私はこの分野の専門家ではありませんが、自分が理解している範囲では、非常に単純なレベルにおいて、MLは大規模なデータセットがあるときに最も大きな効果を発揮します。トレンドや洞察を見つけるにあたり、人の手で整理するには膨大で複雑すぎるデータセットであっても、MLならすばやくそして効率的に解析できるので便利です。例えば、適切な種類のデータが十分にあれば、溶解度や酵素の生理活性といったことなどを予測することで、新しい構造の設計に役立つモデルを構築することができます。
データセットが膨大すぎて人の手で解析できない例としては、DNAコード化ライブラリーを使用した生物活性のスクリーニングが挙げられます。DNAコード化ライブラリーのスクリーニングを使うと、結果的に数十億のデータポイントが生成されます。そのデータを独自のカスタムMLアルゴリズムでソートして、合成し再試験するのに最適な構造を予測するわけです。
しかし、この分野で働いている同僚が繰り返し述べているように、いかなるMLやAIのプロジェクトからのアウトプットも、プロジェクトに投入するデータの質に左右されます。モデルの品質、および実環境で使える予測を行う能力は結局、そのデータセットのサイズ、そしてデータの範囲と多様性に大きく依存しています。
CAS:AIとMLを使用することで、作業のスピードアップ以外にどのようなメリットがありますか。
効率化だけでなく、他の方法では予測できない新しい構造の発見や、見落としがないようにする上でも役立っていると思います。こう考えてみてください。典型的なプロジェクトでは、類似薬の物理的、化学的、生物学的特性をすべて微調整しながら化合物を組み合わせ、そして新薬候補が決まるまでには、結局200から2,000種類の類似薬を合成することになります。個々の化合物には、10~50個のデータが関連付けられているため、非常に膨大なデータとなります。
データを可視化できる高性能のツールがあるので、トレンドや閾値、活性の大きな変化を見つけることができますが、それでも人為的な誤りや何かを見逃してしまう可能性があります。しかし、AIとMLを使用することで、モデルが特定の傾向または観察に基づいて優先すべき化合物を提案し、、科学者の支援を行ってくれます。そこから追加のデータが供給されるので、より効率的に意思決定を行えるようになるのです。
とは言え、最後は我々が新しい化合物を実際に合成して、本当のデータを自分で収集しなければ最終的な判断はできません。
人々が求めているのは、候補薬を見つけるために200〜2,000種の新規化合物を作ることではありません。必要なのは、可能性のある全デザインの中から20〜30種の化合物のみを作ることです。ただ、残念なことにそれは、まだまだ先の事なのです。
CAS:AIとMLは、今日の創薬化学者にとってどのような役割を果たしていますか。
私は、創薬の研究者の道具箱に、新たな道具が加わったと捉えています。結局、私たちの研究は非常に複雑かつ微妙なものです。試験管内の研究を人の薬剤へと発展させることには不確実性が多いので、AIが化学者の仕事を奪うことは、すぐには起こらないと思います。ある化合物を人に投与することを検討する前には、さまざまな種類の動物を対象とした前臨床試験で安全性と毒性に関する研究を行わなければなりません。それは、現在どんなに多くのデータ、ソフトウェア、技術があっても、これらの研究が人での安全性の結果を予測する最良の手段であることに変わりはないからです。
現在のAIとMLのツールは、創薬の研究を支援しており、そしてさらなる洞察をもたらす存在だということです。
CAS:低分子創薬における最大のボトルネックは何だと思いますか。
どこもかしこもボトルネックだらけですね。特に大きいのは、新規化合物の合成です。リード最適化の際、各構造に対して数百、時には数千の新規の類似化合物を合成する必要があります。類似化合物の合成には数週間ほど必要なので、科学者がこれらの作業を互いに調整する時間も含めると、膨大な時間と経費がかかります。
その上、類似化合物が得られたら、それを数十種類のアッセイにかけてデータを収集し、先ほどお話した解析を開始する必要があります。
CAS:このボトルネックに対する良い解決策はありますか。
私が期待している技術のひとつは、微小規模の化学プラットフォームです。マイクロスケール化学のプラットフォームでは、最先端のロボットとソフトウェアを活用し、プレートで数十から数百の新薬分子を並行して迅速に合成そして精製することができます。このプラットフォームは、理論的には設計、合成、テスト、解析、そして再設計という周期を従来の方法より大幅に速くすることを可能にし、そしてより多くのデータをより速く生成することができます。最適な薬剤になる類似化合物を迅速に特定し、より早い意思決定につながることが期待されています。
私は、MLおよびAIのプラットフォームが生成するような計算・予測されたデータではなく、本当のデータが生成されるという点が気に入っています。研究対象となる類似化合物の優先順位を決めるのではなく、実験の完了を通じて確固とした判断ができるのです。
この予測データと実験データの議論は、技術に関して提起したい問題点に関わっています。この業界に長年いることによって分かってきた事として、まあこれは単に科学者であるという事だけでも感じるものなのですが、私たちはさまざまな技術やいろいろな戦略について、多くの時間を割いて議論しているわけです。これらのさまざまな技術はそれぞれが非常に優れたツールですが、そのひとつの技術または戦略が、あらゆるプロジェクトに適用されるという状況は目にしたことがありません。
真に優秀な創薬科学者になるには、多様な技術やツール、戦略に精通し、プロジェクトごとにその適正を評価する必要があります。個々の医薬品の研究開発プロジェクトには、それぞれ他と状況が異なる注意点や相違点が必ず存在するものです。
例えば、AIはすべてのプロジェクトで有用なわけではありません。標的、薬剤の製品特性、疾患、患者人口、薬剤の投与方法、投与部位など、評価すべきことは数多くあります。しかも、この多様な要素がプロジェクトごとに影響するため、それぞれが独自かつ異なるものになります。AIのような単一のツールが、すべてのプロジェクトに必ず適する解決策にはなるとは限りません。
CAS:他の選択肢が数多く存在するのに、低分子薬を開発するのは、なぜでしょうか。
よくぞ聞いてくれました。これこそ、先ほどお話したことなのです。つまり、目的に合った技術が必要であるということ、そしてすべてに対応できる万能な解決策はない、ということです。抗体には、特に優れている特徴があります。血漿中での半減期が非常に長いため、1か月に1回の投与で済むほか、標的結合能力も非常に効率的です。しかし、制約もあります。製造コストがとても高く、安定化が難しく、流通にも課題があるほか、投与には注射が必要であり、それは理想的な方法とは言えないといった点です。最後に、科学的には最も重要なことですが、独自に設計または開発されたものでない限り、抗体は細胞膜をあまり超えません。つまり、細胞内または膜内の生物学的標的は、細胞膜または組織を超えて広がっていない限り、標的にはできません。
これは、おそらく一般的な低分子化合物と生物学的製剤の最大の差別化要因と言えるでしょう。低分子では、どのような組織にも、どのような細胞区画にも入り込めるように特性を最適化できるからです。さらに、これと並行して、ADMEまたはDMPKの特性を最適化することで、経口錠またはカプセルとして投与できます。これは、患者さんが最も好む服薬方法なのです。
また、低分子は一般的に製造コストが安く、保存性、安定性に優れ、流通面での利便性も高いのが特徴です。
ただ、ここでもまた、状況次第では細胞治療や放射性医薬品、あるいはCRISPRといった生物学的製剤や新しい治療モダリティのほうが薬剤研究プログラムにふさわしい場合もあります。
現在市場に登場しつつある技術や、開発中の技術はたくさんあります。しかしそのどれをとっても、あらゆる創薬プロジェクトに適用できるようなものはありません。
CAS:Via Nova Therapeuticsでの使命について教えていただけますか?
はい、現在私たちがインパクトを与えるべく取り組んでいるのは、大手の製薬会社に無視されている重要なウイルス性疾患です。Via Novaは、Don GanemとKelly Wongによりノバルティスから独立した会社です。すでに開始されているプログラムに継続的に取り組むだけでなく、新しい研究分野に飛び込み、大手製薬会社が十分に資金投資できていないウイルス性疾患に焦点を当てたいと考えました。
大手製薬会社は通常、肝炎やHIVのような慢性疾患でない限り、ウイルス性疾患にはあまり力を入れて開発しません。ところが、この領域にはアンメットニーズが数多く存在しています。COVIDは、そのことを大きく意識させるものでした。Via Novaでは、BKポリオマウイルスなど治療法のないものが多い急性・亜急性のウイルス性疾患に取り組んでいます。
CAS:創薬プロセスにおいて何かを変えられる魔法の杖があるとしたら、何を変えますか?
創薬業界の最大の問題点は、2つあると思います。第一に、一般の方は、薬がどのように発見され、新薬の開発にどれだけの時間、労力、費用がかかるかをよく理解していません。そこで、生物薬剤業界に関する透明性、そして周知。それが改善されれば、すべての人にとって有益になります。
第二に、創薬や開発研究は基本的にすべて民間資金であるため、資金の供給方法の枠組みがやや限定的になっていると思います。資金の出どころは投資または金融の世界ですので、資本主義に基づいて提供されるかどうかが決まります。資金協力が最も多いプロジェクトが患者にとって最も重要であるとは限りません。最も利益が上がる可能性が高いと判断されたものが最も重要になります。こういった判断は結局科学的なレベルにまで影響を及ぼします。現在薬が存在しない病気に対して、ある科学者が、それを完全に治せるような新薬に関する素晴らしいアイデアを思いついたとします。しかし、その疾患の患者数が世界的に少なければ、それは有効なビジネス戦略とはならず、資金的な支援は受けられないでしょう。
こういった医学研究や創薬研究の優先順位や資金提供の問題は、長期的には、優先される病気および薬の価格に、何らかの悪影響を及ぼすと思います。この業界における資金調達のあり方や資金調達の難しさについて、より一般的な周知そして教育がなされれば、この問題の解決方法について考える人々の層が広がり、そしてそうなれば、政府や社会的資金源による研究資金の調達を実現するためにどうするべきかという点で、新しいアイデアや新しいモデルも生まれることでしょう。
そもそも、私は病気を治癒または治療できる薬を開発するために創薬に携わりました。私たちは、最も利益を生む薬だけではなく、患者さんが必要としている薬を必ず作れるように取り組むべきなのだと思っています。
Benは2011年から医薬品化学者として働いています。ポスドク研究を終えた後、彼はNovartisに入社し、腫瘍学の適応症に関する創薬段階の研究をを行いました。Novartis在籍中、彼は感染症の創薬に転向しました。その後、Novartisが感染症分野から撤退した際、Don GanemとKelly Wongによって設立されたNovartisの抗ウイルス部門のスピンオフ企業であるVia Nova Therapeuticsに参画しました。
Ben Taftは2011年から医薬品化学者として働いています。ポスドク研究を終えた後、彼はNovartisに入社し、腫瘍学の適応症に関する創薬段階の研究をを行いました。Novartis在籍中、彼は感染症の創薬に転向しました。その後、Novartisが感染症分野から撤退した際、Don GanemとKelly Wongによって設立されたNovartisの抗ウイルス部門のスピンオフ企業であるVia Nova Therapeuticsに参画しました。