治療革命 - COVID-19におけるRNAとその将来

Janet Sasso , Information Scientist, CAS

photo showing sample vials of RNA based therapeutics

「私たちは治療革命の真っ只中にいます。」 Frontiers in Bioengineering and Biotechnologyの最近の記事では、このように書かれています。 これは、RNA治療薬が現代の研究および臨床開発においていかに急速に拡大しているかということに対するコメントですが、現在進行中のSARS-CoV-2パンデミックのためのRNA COVID-19ワクチンに対する高い関心も、これを推し進めているひとつの要因です。  

従来、製薬開発は、いわゆる低分子医薬品(分子量が小さい有機化合物と定義されます)が中心であり、現在でもなお医療現場ではその多くが応用されています。 ところが、バイオテクノロジーと分子生物学の進歩により、モノクローナル抗体組み換えタンパク質からオリゴヌクレオチド遺伝子や遺伝子断片といった高分子化合物を薬剤候補として設計することが可能になりました。 その結果、今日有効な治療道具として「生物製剤」が重要な役割を果たすようになりました。 2020年初頭の時点で、生物製剤は世界で最も売れている医薬品トップ10のうち7つを占めるまでになっています。

さらに、核酸をベースとする医薬品設計も台頭してきており、現在は急速に拡大しています。 RNA治療薬の臨床開発は効率や免疫原性などの課題によって従来阻まれてきましたが、近年のmRNA COVID-19ワクチンの成功や、RNAベースの医薬品がいくつか承認されたことによって、この分野は大きく勢いづいています。 そこで、出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとしては世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™を使って、現代医学におけるRNAの応用を分析します。


関連のCAS Insights Report、『RNA由来の医薬品 - その研究トレンドと開発の考察』もあわせてお読みください。


RNA治療薬のメリットと課題

「アンドラッガブル」を標的にする

RNA療法の大きな利点は、低分子をベースとした薬剤では標的しにくい、もしくは不可能な「アンドラッガブル」な分子をRNA薬剤で標的にできるということです。 低分子や抗体など一般的な薬品で標的できるタンパク質はわずか5分の1程度に過ぎず、従来の低分子やモノクローナル抗体では非コードRNAを標的とすることは不可能です(タンパク質受容体や酵素の活性部位ポケットに結合するため、翻訳が必要となります)。  

合成のしやすさ

RNA製品は、製造工程の簡易性や費用対効果そしてスピードの点で、タンパク質よりも大きな製造上の有利点があります。これは最近のRNAワクチン開発において、特に関連性あるものになりました。 また核酸をベースにした戦略も、哺乳類細胞の細胞機構を利用することにより、翻訳後の変化といった複雑な合成プロセスの必須条件を回避できます。

さらに、RNAの配列を迅速に調整することで、さまざまな標的に対応したカスタム分子を提供することもできます。 これにより、COVID-19 RNAワクチンの迅速な開発で見られたように、開発プロセスを大幅に加速化させることができます。  

安全性と副作用

DNA薬品は核内に入ることから、宿主のゲノムに統合される可能性があり、その安全性が懸念されます。 ゲノムを編集するCRISPR-CasシステムのRNAを除き、RNAはゲノム物質を改変することはしないため、ゲノム統合のリスクはありません。  

ただし、RNA治療には副作用のリスクとなる特異性の問題があり、また分解しやすいために薬力学的に劣り、その使用が複雑になる可能性があります。 こういった問題の中には、RNAを化学的に修飾することで軽減可能なものもあり、その研究に注目が寄せられています。

送達

RNA治療薬は、低分子治療薬に比べてサイズが大きく、そして電荷が高くなっている場合が多いため、そのままの形では細胞内への送達が困難な傾向があります。  

RNA治療薬の研究トレンド

1995年以降、RNA治療薬に関する情報を含む学術誌や特許の数は着実に増加しています。2001年頃には特許数がピークに達し(これは腫瘍抗原をコードしたmRNAでトランスフェクトした樹状細胞を用いた最初のヒト臨床試験に関連しているものと考えられます)、そして2020年にはジャーナルでの言及が急増しています(こちらは、COVID-19 mRNAワクチンに対する関心から生じたものと考えられます)(図1)。

CAS コンテンツコレクションの医療用RNAに関連する出版物の数を示すグラフ
図 1: CASコンテンツコレクションにおける医療用RNAに関連するジャーナル記事と特許の 年別件数

RNA研究は、特にsiRNAやmiRNA、lncRNA、そしてCRISPRの領域で新しいタイプのRNAが発見され、徐々に多様化してきています(図2)。 circRNAとexosome RNA、lncRNA、そしてCRISPRの論文数の増加率は、それ以外のものよりも大きく加速しています。 とりわけCRISPRの技術は、2020年のRNA関連の特許出願全体の20%を占めています。 これは、CRISPRをベースとした治療法に基づいた臨床試験実施に対する承認数の加速と一致しています。

1995年から2020年までのRNA種別の出版物件数の推移
図2:1995年から2020年までのRNA種別の出版物件数の推移。 パーセンテージは、各RNAの種類について、1995年から2020年までの年間の出版件数を総出版物数で正規化したものから算出。 

新しく発見されたRNAの機能に干渉することは、従来の治療法の弱点を克服するための有望な治療手段と考えられています(表1)。

表1:さまざまな種類のRNAにおける治療機能
RNAの種類 治療機能
mRNA mRNA治療薬の基本原理は、in vitro転写されたmRNAを標的細胞に送り込むことで、mRNAが機能性タンパク質、すなわち抗体や抗原、そしてサイトカインに翻訳されるというものです。
siRNA 標的mRNAの分解を通じて、既知の遺伝的背景に関連する様々な疾患の原因に対し、siRNAは配列特異的な遺伝子サイレンシングを媒介します。
miRNA miRNA は、標的としたmRNAの分解やmRNA の翻訳抑制を仲介することで、複数の異なる標的遺伝子の発現を同時に阻害することがあります。
IncRNA lncRNAは構造的に複雑なRNA遺伝子の大きなグループで、DNA、RNA、タンパク質分子(ヒストン)と相互作用し、エピジェネティックな修飾 (主にメチル化、アセチル化を介して)によって遺伝子転写を制御できます。
circRNA circRNA は、タンパク質を囲い込んだり、細胞内コンパートメント間でタンパク質の輸送を行ったりできます。 circRNAの調節異常は、特にがんや心血管系疾患、そして神経系疾患など、様々な疾患に関与していると考えられています。 組織特異性や細胞特異性では、機能獲得や機能喪失のアプローチはcircRNAの発現を使って行うのが一般的になっています。
piRNA piRNAはpiwiタンパク質と結合してpiRNA/piwi複合体を形成し、トランスポゾンのサイレンシングや精子形成、ゲノム再編成、エピジェネティック制御、タンパク質制御、そして生殖幹細胞維持に影響を及ぼします。
リボザイム RNA酵素(リボザイム)は触媒RNA分子で、標的RNAを高度に配列特異的に認識し、病原性遺伝子の下方制御や修復を行います。 そのため、先天的な代謝異常からウイルス感染症、がんなどの後天性疾患まで、さまざまな疾患の治療に用いることができます。
エクソソーム RNA エクソソームは細胞外ナノベシクルの一種で、様々な病的兆候の診断や治療に用いられています。 現在では、臨床診断におけるエクソソームRNA検出の可能性が研究されています。 また、エクソソームを用いた低分子RNAの送達は、標的RNAの触媒的分解または翻訳停止により、強力かつ特異的な転写後遺伝子制御ツールとして治療目的に使用されています。
CRISPR CRISPR-Cas9システムは、ゲノム編集や遺伝子機能調査、そして遺伝子治療などに利用できる最も汎用的で効率的な配列特異的遺伝子編集技術のひとつです。 今までのところCRISPR-Cas9は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーα1-アンチトリプシン欠損症血友病難聴、そして造血器疾患などの遺伝子疾患に幅広く応用されてきています。

 

RNA治療薬が対象とする治療領域

感染症とがんが、最も大きな伸びを示しており、また研究段階にある治療薬の数も最も多くみられます(図3、図4)。 COVID-19のパンデミックにより、感染症に対するRNA医薬品は、研究フェーズおよび承認された治療薬両方ともその数が急増しており(図4)、初めてのmRNA承認治療薬も市場導入されました。

RNA治療薬が標的とする特定の疾患に関する年間の特許公報の件数を示すグラフ
図3:RNA治療薬、ワクチン、そして診断法が標的とする特定の疾患に関する年間の特許公報件数
異なる開発段階にある潜在的治療薬とワクチンの数
図4:さまざまな種類の疾患について、異なる開発段階(前臨床、臨床、完了、撤回、承認)にある潜在的な治療薬とワクチンの数 

 

RNA治療薬における課題の解決

RNAを分解から保護し、そして標的特異性を向上させ、標的外作用による副作用のリスクを低下させるためには、RNAの化学修飾を利用することができます。 また化学修飾に加えてRNAを分解から保護し、治療薬を所望の標的へ届けるのを補助するには、ナノ材料からなる送達担体を使うこともできます。

CAS コンテンツコレクションのデータによると、RNA修飾の利用は1995年から急増し、また配列の長さが比較的短いものと関連していることがわかっています(図5)。 18-27ntの修飾RNAが多いのは、特定の形態のRNA(siRNAとASO)でこの配列の長さが使用されていることを反映しています。 FDA認可のRNA医薬品における修飾を調べてみると、RNAの種類とその修飾の相関関係が確認できます。

修飾を含んだRNA配列とその配列の長さによる分布
図 5:修飾を含むRNA配列とその配列の長さによる分布(CASコンテンツコレクションより)。 ブルーのバー:修飾RNAの配列の絶対数。オレンジの線:同じ配列の長さを持つ全RNA配列に占める修飾RNA配列の割合。

RNA塩基の修飾

水素結合の形成を妨げる修飾を施した非標準型ヌクレオチドは、標的との二重鎖の形成を熱的に不安定にし、そして標的外結合を制限することで、標的特異性を向上させることができます。 また、修飾により、治療用RNAの性能を向上させることもできます。 COVID-19 mRNAワクチンなどの治療用mRNAへの修飾塩基N1-メチルシュードウリジンの使用は、翻訳の改善と、mRNAに対する細胞毒性副作用や免疫反応の低下をもたらします。 ファイザー社のComirnatyもモデルナ社のSpikevax mRNAワクチンも、mRNAの5'末端に5'三リン酸で結合した7-メチルグアノシンキャップを使用しており、自然界に存在するmRNAキャップを複製することでmRNAの5'末端の分解を防いでいます。


リボースの修飾

RNAのリボースの2'位の修飾で安定性を高め、そしてオフターゲット効果を低減させることができます。 最も一般的な2'位の修飾としては、2'-O-メチル、2'-フルオロ、2'-O-メトキシエチル(MOE)、2'-アミンなどがあります。

骨格の改変

糖-リン酸骨格のリン酸基の修飾は、膜を横切る輸送の妨げとなる負の電荷を中和することでRNAの送達を改善し、ヌクレアーゼに対する抵抗性を高めることで組織排除半減期を延長させることができます。 最も広く用いられている骨格修飾のひとつがホスホロチオエートです。

RNAナノキャリア関連の研究

免疫原性やヌクレアーゼ安定性などの生物学的障壁は、通常RNAの化学構造を改変することで対応しますが、体内の他の障壁を克服するためには、さらなる送達システムが必要です。 ナノ粒子へのRNAのカプセル化は、RNAの保護と送達を成功させる方法です。 現在、CASコンテンツコレクションには、RNA送達システムに関する科学論文が7,000件近く登録されています。 RNAキャリア関連の研究は、脂質ナノ粒子が大部分を占め、高分子ナノキャリアがそれに続いています(図6)。

CASコンテンツコレクションにおける RNA ナノキャリア関連文書の割合の分布
図 6:CAS コンテンツコレクションにおける RNA ナノキャリア関連文書の割合の分布

まとめ

RNA治療薬は急速に拡大しつつある薬剤の分野で、多くの疾患に対する標準的な治療法を変えるものとして期待されています。 RNA治療薬は、低分子や生物学的分子をベースとした従来の医薬品と比較して費用対効果が高く、製造が比較的簡単で、これまで「アンドラッガブル」とされていた部位を標的とすることができるなど、いくつかの利点があります。 安定性や送達、そしてオフサイト効果に関する伝統的な課題は、化学修飾やRNAナノキャリアによって解消または軽減することが可能です。 CAS コンテンツコレクションで検索すると、COVID-19などの感染症やがんがRNAの重要な治療分野であること、またcircRNAやexosome RNA、lncRNA、そしてCRISPRの論文件数の増加率が特に高く、CRISPR関連の研究が現在爆発的に増えていることなどがわかります。


専門家から聞く

さらなる洞察を得るには、最近のACSウェビナーをご覧ください。RNA治療のリーダーが、今どんなことに携わっているか知ることができます。 このパネルディスカッションでは、以下の多様な研究分野の方々をお招きしています。

  • ジョン・P. クーク博士。RNA治療センター メディカルディレクター
  • ロバート・デロング博士。カンザス州立大学ナノテクノロジー・イノベーション・センター准教授
  • バーブ・アンブローズ博士。CASシニアインフォメーションサイエンティスト
  • ラマナ・ドッパラプディ博士。Avidity Biosciences社 化学部門副社長
  • 司会者:ジル・ジョージス博士。CAS社 副社長兼最高科学責任者