バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドとイノベーション

Chia-Wei Hsu , Information Scientist | CAS

3D Printing Blog HERO

バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドとイノベーション

我々は今、3Dプリンティング革命の真っ只中にいます。 かつては主要な研究大学とFortune 500企業のみが利用できた3Dプリンティング技術は、次第に主流になってきており、2021年には220万台の3Dプリンターが出荷されたほどになっています。 この数は2030年までには2,150万台に増加するとされており、このラピッドプロトタイピング技術は一般大衆も利用するものになってきています。

航空宇宙から建築まで、もはやあらゆる主要産業で迅速かつコスト効率の高い製造のために3Dプリンティングが活用されています。 3Dプリンティングを採用しているさまざまな産業の中でも、その応用ポテンシャルが最も高いのはバイオメディカルエンジニアリングです。 本稿では、ヘルスケアと医薬品における3Dプリンティングの台頭について探ります。

3Dプリンティングの始まりと歴史

日本人発明家、小玉秀男氏が1981年に「ラピッドプロトタイピング装置」の最初の特許を申請したとき、そのコンセプトは、最初から成功の見込みはないと見られていたようです。なぜなら、小玉博士は翌年にはもうこの特許実現のための資金調達を断念したからです。 ところがこのアイデアは、その後のイノベーションのきっかけとなっていきます。 1984年、チャールズ・ホール氏により、光造形法 (stereolithography、SLA) システムの特許が申請されました。これは、今日まで広く使われている3Dプリンティング技術です。 その画期的なSLA技術に基づいた初の市販3Dプリンターが、その後1988年に登場しています。

他の3Dプリンティングの主要技術も、それに続いて次々と登場することになります。 1980年代後半には、FDM (Fused Deposition Modeling) とSLS (Selective Laser Sintering) という2種類の積層造形装置の特許が申請されています。 FDMの仕組みは、熱した材料をノズルによって一層ずつ堆積させて3D製品を作り上げる「押出成形」と呼ばれる技術です。 SLSの仕組みは多少異なります。このプロセスでは、粉末の材料を造形プラットフォームに広げながら、一層ずつ急速に固める(または「焼結」する)ことで3Dプリントされた造形物を成形していきます。 その後まもなく、2Dインクジェット印刷技術を改良した「ジェッティング」や、液槽光重合法などが登場しています。

これらの技術は、当初は特許権者のみに限定されていました。 ところが、これらの特許が失効し、RepRapというオープンソースのコンセプトが生まれたことにより、今や新しい企業が参入し、そしてこの活気ある分野で名声を得られるようになってきています。 そういった中での最大のブレークスルーの多くは、生物医学の分野で起こっています。3Dプリントされた最初の器官もそのひとつで、それは移植手術のために開発された膀胱でした。

現在、バイオメディカル用途の3Dプリンティングは好況です。 バイオメディカル3Dプリンティングの世界市場規模は、2021年に14億5000万ドルと推定されていましたが、それは2030年には約62億1000万ドルにまで上昇すると予測されています。 バイオメディカル3Dプリンティングの主要トレンドを明らかにするため、出版公表された科学知識を人手で精選し収集したものとしては世界最大のデータベース、CAS コンテンツコレクション™のデータを分析しました。

3Dプリンティングの技術と材料

3Dプリンティングの種類は、4つに大別されます。粉末床溶融結合法、材料ジェッティング法、材料押出法、そして光重合法です。 その用途は多岐にわたるため、すべての用途に対応できる万能3Dプリンティング技術というものは存在しません。 ただ、バイオメディカル3Dプリンティングの分野では、FDMなどの押出系の技術が最も好まれているタイプになっています(図1)

CAS 3Dプリンティングに関するInsights Report 図1
図1. バイオメディカル分野における3Dプリンティング各技術の論文トレンド 

バイオメディカル3Dプリンティングでは、プラスチックから金属、そして天然物質に至るまで、さまざまな材料が利用できます。 その中で、最もよく使われる3Dプリンティング材料のひとつが、ポリカプロラクトンやポリ乳酸などの合成ポリマーです。これは、それらがマイクロ流体医療用インプラントで応用されてきたことに起因します(図2)。 無機物で最も広く使われているのはハイドロキシアパタイトで、それは歯科材料や骨修復用の充填材として使用されています。 バイオプリンティングでは、アルギン酸やヒアルロン酸など、さまざまな天然高分子が注目されつつあります。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図2
図2. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する物質上位30 

バイオメディカル3Dプリンティングの台頭

バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文と特許の年間発表数の傾向は、この分野のイノベーションが活況であることを示しています。ただし、論文の発表数(約15,000件)のほうが、特許公表数(約5,700件)よりも大幅に多くなっています(図3)。 このトレンドは、この技術の商業化が近年で増加してきていることを反映していると思われます。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図3
図3. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する学術文献および特許の年間発表動向 

約90カ国がバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文を発表しており、この技術への関心が広がっていることがうかがえます。 このうち、米国と中国が論文発表数、特許発表数ともに最も多く、この分野でのリードをとっています(図4、図5)。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図4
図4. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する論文発表数の上位15カ国と地域 
CAS 3Dプリンティング Insights Report 図5
図5. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する特許発表数の上位15カ国と地域 

バイオメディカル3Dプリンティングのトレンドを特許譲受人で分類すると、米国の3M社が最大の特許譲受人となっていることがわかります。 この他に特許の公開が活発な国として、韓国、リヒテンシュタイン、フランス、中国などがあります(図6)

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図6
図6. バイオメディカル3Dプリンティングの応用に関連する特許公開の上位20の特許譲受人 

バイオメディカル3Dプリンティングの画期的応用

以上、バイオメディカル3Dプリンティングの主な応用例などを紹介してきました。しかし、まだその可能性は無限大です。 医療用インプラントの開発から医療機器の製造に至るまで、イノベーションは迅速にそして幅広く進んでいます。 3Dプリンティングの主な応用分野として、組織工学と器官工学があり、軟骨筋肉皮膚といった、複雑な構造の造形が模索されています。 CAS コンテンツコレクションを分析したところ、組織や器官に関係したバイオメディカル3Dプリンティングの論文には、「組織工学」、「組織スキャフォールド」、「バイオプリンティング」といった概念が頻繁に登場し、この分野が重要な研究対象であることが明確になっています(図7)

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図7
図7. 組織/器官のバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する概念上位30 

3Dプリンティングの技術は、個別化医療という、なかなか達成が困難な目標を実現するために、薬学分野でもいくつかの応用が期待されています。 例えば、バイオメディカル3Dプリンティングを使えば、医薬品の投与量や形状、サイズ、そして放出特性などを改良、微調整することも可能になるかもしれないのです。

バイオメディカル3Dプリンティング技術は、人工装具やインプラントの作成にも新たな可能性をもたらしました。患者の解剖学的構造や色、形またはサイズに合わせて、パーソナライズされた人工装具を作成できる可能性を秘めています。 柔軟な材料を使うことで体の部位や機能での選択肢が増えたほか、チタン合金などの金属は、骨の再建に利用することができます。 CAS コンテンツコレクションの分析では、整形外科や人工装具に関連する3Dプリンティングの文献には、「歯科用インプラント」「人工装具材料」「歯科インプラント」などの概念が頻繁に登場することがわかります(図8)。 組織や器官に比べると格段に少ない文献数であるとはいえ、それでも活発であり、また急成長している分野といえます。

CAS 3Dプリンティング Insights Report 図8
図8. 整形外科/人工装具でのバイオメディカル3Dプリンティングの応用に関する論文で最も頻繁に登場する概念上位30 

バイオメディカル3Dプリンティングにおける課題

バイオメディカル3Dプリンティングは、多くの画期的進歩を遂げています。しかし多くの領域で、この技術はまだまだ初期段階のものです。 例えば、研究者たちは血管柄付き心臓パッチのバイオプリンティングに成功しています。しかし頑丈な心臓弁の造形はもちろん、臓器本体の造形などは、まだ実現には程遠い状態です。 現在のところ、3Dプリンターでは、本物と同様の生物力学や機能性を持つ組織を作製することはできません。 ただし、バイオインクの進歩や、培地そして幹細胞の利用などにより、今後これらの手法の最適化に貢献する見込みにはなっています。

バイオメディカル3Dプリンティングの未来

現在の研究トレンドを見る限り、バイオメディカル3Dプリンティングへは今後も継続的かつ多大な投資とイノベーションが期待できます。 今後はこの技術の普及がさらに進むと予測されており、薬局で3Dプリンターが活用されるといった概念も、もはや現実味を帯びるほどになっています。 病院にとっては、バイオメディカル3Dプリンティングは大きな財政的投資になります。しかし、適切な計画を立てれば、その費用をはるかに上回る恩恵を得ることができます。 技術が発展するにつれ、用語の標準化をはじめ、バイオメディカル3Dプリンティングの製品の安全性と有効性を確保するために、食品医薬品局によって新しい規制の枠組みを定義する必要なども出てきています。

詳細は、CAS Insight Reportをダウンロードしてください。