抗体薬物複合体 - その広がる可能性

Rumiana Tenchov, Information Scientist, CAS, Janet Sasso , Information Scientist, CAS

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絶えず進化を続けるがん治療の状況の中で、抗体薬物複合体(ADC)が有望な治療法として浮上してきました。 ADCは細胞傷害性薬剤の効力と、モノクローナル抗体の選択性を併せ持っているため、標的治療における新しいアプローチとなっています。 抗体薬物複合体は、がんとの闘いにおいて非常に有望であり、がん以外のさまざまな適応症でも標的治療を一変させる可能性を秘めています。

CAS コンテンツコレクション™のデータで抗体薬物複合体の研究開発に関連する箇所を分析したところ、過去3年間で文献数(主に学術論文と特許)が30%増加し、堅調な発展を示しています。 論文発表数と特許発表数では、米国、中国、日本がリードしています(図1)。 興味深いことに、現在では特許出願件数が学術論文発表数を上回っており、これは蓄積された科学知識が特許取得可能な応用へと移行していることを示しています。 CASコンテンツコレクションで見られる抗体薬物複合体の特許範囲は、ますます多様化しており、研究者はさまざまなリンカー技術や結合手法、そして標的抗原部位を探求しています。

世界地図
図1. ADC関連論文を発表している上位の国の論文件数 (青) と特許出願件数 (赤)

前臨床試験および臨床試験中の抗体薬物複合体が数多く存在している中、これらの優れた化合物は研究者や製薬会社の注目を集めています。 PitchBookによると、2018年以降は、民間企業による投資が劇的に増加しています(図2)。これは、抗体薬物複合体の治療効果上の可能性、および商業的成功の可能性に大きな関心が寄せられていることを示しています。 2022年に86億ドルと推定されていた抗体薬物複合体のグローバル市場は、2032年には239億ドルに達すると予測されており、これはこの間で年平均成長率10.7%で成長することを意味します。 抗体薬物複合体は世界市場で注目されており、World ADC Asiaなど専門の会議が開催されて、抗体薬物複合体分野のリーダーを一堂に集める動きもあるほどです。

ADCの円グラフ
図2. 2012年~2022年のADC分野におけるグローバルな地域別投資額: (A) ベンチャーキャピタルの投資額、(B) 総投資額

治療用「トロイの木馬」 - 抗体薬物複合体を理解する

抗体薬物複合体の重要性を把握するには、その仕組みを理解することが重要です。 これはダイナミックな治療法で、3つの主要成分から構成されています。モノクローナル抗体と、細胞傷害性薬剤ペイロード、そしてリンカー分子です(図3)。 モノクローナル抗体は、がん細胞表面に過剰発現した抗原を特異的に認識するように設計されており、これにより選択的な標的が可能になります。 その場合の細胞毒性ペイロードには、多くの場合、がん細胞を死滅させるのに効果的な化学療法薬が使われます。 そしてリンカー分子とは、他の2つの成分の橋渡しを行うもので、標的に到達するまでの安定性を維持する一方、内包後にペイロードを放出します。

ADCの構造と作用機序
図3. ADCの構造と作用機序

免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法と同様、抗体薬物複合体もがん治療に革命をもたらすと言われてきました。 しかし、この2種類の化合物の作用機序は明確に異なります。 免疫療法ががん細胞に対する患者の免疫反応を高めるのに対して、抗体薬物複合体は「トロイの木馬」として作用することで、がん細胞に直接致命的な一撃を与えます。

抗体薬物複合体による治療の成功事例

現在、臨床試験が進められている抗体薬物複合体は、100年以上もの間、開発されてきたものです。 ドイツの科学者、パウル・エールリヒが1900年代初頭に「魔法の弾丸」の概念を提唱して以来、多くの研究者が、生体の他の部分を傷つけることなく、病原体や病変細胞を選択的に標的にできる治療法を開発しようと努力してきました。 それ以降、抗体薬物複合体の研究開発においていくつか重要な発見がなされ、その結果、武田薬品のリンパ腫治療薬アドセトリス®(ブレンツキシマブベドチン)や、2013年にヒト上皮成長因子受容体2陽性乳がんの治療薬として承認されたジェネンテック社のカドサイラ®(トラスツズマブエムタンシン)など、画期的な薬剤の承認につながっていきました。 2020年以降、さらに8つの抗体薬物複合体が、さまざまな固形がんや血液悪性腫瘍用として承認されました。 現在、世界中で承認されている抗体薬物複合体は15種類あります(図4)

ADCの研究開発における重要な出来事と発見の年表
図4. ADCの研究開発における重要な出来事と発見の年表

抗体薬物複合体のお陰で、実現が難しかった魔法の弾丸が手の届くところにまで来ています。 標的化できるという、この化合物の特性を利用することで、細胞毒性ペイロードを疾患細胞に選択的に送達することが可能となり、健康な細胞が薬剤にさらされるのを最小限に抑えられます。 この標的アプローチは、治療効果を高めるだけでなく、オフターゲット効果や全身毒性のリスクも低下させます。 抗体薬物複合体は、健常な細胞を対象外にすることで、より忍容性の高い治療レジメンと副作用軽減の可能性をもたらします。

抗体薬物複合体の課題と限界

抗体薬物複合体の可能性は否定できないものの、その開発には対処しなければならない課題や限界がいくつかあります。 まず、抗体薬物複合体の製造には、抗体の産生、薬物の合成、結合など複数の工程が含まれます。 この複雑さが製造コストの上昇につながるため、患者の地域や医療制度によっては、この治療法は手の届かないものになっています。

適切な抗原の選択も、まだ依然としてハードルとなっています。これは、効果的な標的化は特定のがん細胞に対する抗原特異性に依存しているためです。 この特異性は、治療の精度を確保し、標的外作用を最小限に抑えるために極めて重要です。 しかしながら、すべてのがん細胞が明確に定義された標的抗原を持っているわけではなく、腫瘍内の抗原発現の不均一性により、標的の選択がさらに複雑になる場合もあります。

さらに、どの細胞毒性ペイロードを選ぶかも、抗体薬物複合体の成功にとって非常に重要です。 細胞毒性薬は、がん細胞に対しては高い致死性を示しながらも、接合中や循環中は安定性が維持される必要があります。 こういった効力と安定性と放出速度のバランスを実現することが、抗体薬物複合体の開発における重要な課題です。

研究者が直面しているもうひとつの課題は、抗体薬物複合体に対する薬剤耐性の発現です。 標的抗原の下方制御や薬剤の流出増加など、抗体薬物複合体の細胞毒性作用を回避するさまざまな作用を、がん細胞は発達させることができます。 こういった耐性の仕組みは、治療の有効性を制限し、治療効果を時間の経過とともに低下させます。

がん治療とそれ以外の治療における抗体薬物複合体の有望な将来

抗体薬物複合体は、近い将来画期的な進歩がいくつか控えており、将来は明るいと言えます。 研究者は、代替細胞毒性薬の使用や、新規リンカーの開発、抗体エンジニアリング技術の改良など、抗体薬物複合体の設計を最適化するためにさまざまな革新的戦略を模索しています。

さらに、抗体薬物複合体を免疫療法や他の標的薬剤と統合する併用療法を用いれば、相乗効果によって臨床的効果を増幅させることもできます。 さまざまな種類のがんで研究されてきたADCのブレンツキシマブベドチンと化学療法のゲムシタビンを併用すると、それぞれが異なるがん細胞型を標的とするため相性が良く、例えばホジキンリンパ腫などの疾患に対して、2つの側面から攻撃できると研究者は考えています。 また、抗体薬物複合体は、PD-1阻害剤のペムブロリズマブニボルマブなどのチェックポイント阻害剤と組み合わせた場合にも有望で、これらの組み合わせは臨床試験のさまざまな段階で検討されています。 こういった併用療法は、化学療法による重篤な毒性リスクが高い虚弱患者や高齢患者にとって魅力的な治療選択肢です。 腫瘍臨床試験はほとんどが開発の初期段階にあります(図5)。しかし驚くほど幅広い薬剤候補やがんの種類が研究対象となっていることから、まだ実現はしていないものの、抗体薬物複合体は大きな可能性を秘めていることは明らかです。

ADC臨床試験の割合
図5. 特定の固形がんおよび血液悪性腫瘍の治療のためのさまざまな段階のADC臨床試験の割合

抗体薬物複合体をがん治療にとどめず、新たな治療領域に拡大させる兆しも見えてきています。 現在は、この技術を感染症との闘いで活用することが検討されています。 抗生物質に対する耐性は、細菌感染の治療の有効性を低下させるようになってきたため、その解決策として抗体抗生物質結合体(AAC)の開発につながったのです。 抗体薬物複合体と同様、AACでも抗体を用いて抗生物質を標的細菌に送達します。抗体の特異性と抗生物質の効能を特殊化したリンカーで組み合わせるのです。 AACに関する研究は限られているものの、この画期的な新規化合物は、グローバルな医療課題である細菌性バイオフィルムを効果的に治療できるようになる可能性があります。

抗体薬物複合体は免疫調節薬としても研究されています。グルココルチコイドなどの抗炎症薬に対して典型的に現れる全身性の副作用を最小限に抑制しながら、同時にその標的送達が可能になります。 いくつかの抗体薬物複合体戦略が、関節リウマチから重症筋無力症まで、さまざまな症状で試験されています(表1)

がん以外の適応症で病原性細胞活性を調節するために試験されたADC戦略例
図6. がん以外の適応症で病原性細胞活性を調節するために試験されたADC戦略例

抗体薬物複合体の技術が進化を続ける中、これらの化合物はがん治療以外に対しても大きな可能性を秘めた、有望な治療法です。 その開発には継続的な課題と限界はあるものの、承認された薬剤が成功していることや、ADCの治験パイプラインが増加していることを見ると、それは今後臨床ニーズを満たし、患者の転帰を改善できるような変革が実現する可能性があることを示していると言えます。

この非常に有望で、進化し続ける抗体薬物複合体の状勢について詳しく知るには、Bioconjugate Chemistry誌に掲載された査読付き文献をお読みください。