Reduce, reuse, recycle - サステナブルな農業への道のり

Leilani Lotti Diaz , Information Scientist/CAS

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世界の食糧生産においてサステナブルな農業が果たす重要な役割

世界の総食糧需要は、2010年から2050年にかけて35〜56%増加すると予測されています。世界人口が着実に増加する中、これは悪化する一方です。 近年、食料生産と流通コストの高騰は、COVID-19のパンデミックやロシア・ウクライナ戦争、気候変動、そして地域紛争などの影響を受けています。 特に貧しい国々において、食料不足を軽減させ、そして肥料の入手を改善させるには、政策の変更が不可欠であると国際通貨基金(IMF)は強調しています。

農業の維持には、これからも合成肥料と有機肥料が重要になります。 合成肥料は、リン鉱石から採掘されるリン、カリ鉱石から採掘されるカリウム、そして空気中から固定される窒素が使用されます。ところが、これらの資源の抽出プロセスは、採掘活動および製造時の化石燃料エネルギーの使用により、エネルギー負荷が高く長期的には環境に悪影響を与えるものになっています。 有機肥料には、さまざまな動物の糞尿、アルファルファ粉、血粉、魚粉、木灰などのほか、水や下水から出る廃棄物も含まれます。 有機肥料の原料となる糞尿などの廃棄物はかさばるため、圃場への施肥や廃棄のための輸送には高いコストがかかります。ただし、こうした廃棄物から得られる栄養分を、現場またはその付近で処理できれば、コストのかかる輸送が必要なくなります。

サステナブルな農業システムとは、水、エネルギー、栄養資源を効率的に利用し、環境への影響を抑え、経済的な強みを維持し、そして枯渇する有限資源への依存を最小限に抑えることで、現在および将来の世代の食糧を支えられるものである必要があります。 廃水から栄養素を回収してリユースし、リサイクルして肥料に利用する流れの例を図1に示します。

そのように枯渇している有限な資源のひとつに、肥料の多量養素があります。 例えば、リン鉱石の埋蔵量は今後50〜100年で枯渇する可能性があります。 さらに、廃棄される農産物も、医薬品や病原菌、金属廃棄物による農作物の汚染や地表水の富栄養化などの問題につながり、環境にとって有害になることもあります。 一方で、これらの廃棄物は栄養量が多く、大きな可能性も秘めています。

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図1. サステナブルな農業における栄養素の循環。

サステナブルな農業への道のり - イノベーションを活用するチャンス

循環型バイオエコノミーという用語は、自然と調和するサステナブルな健全性を実現するために、生物資源の管理を通じて、土地、食料、健康、産業のシステムを変革そして管理する方法を指しています。 サステナブルな農業においてイノベーションを役立てることで、廃棄物に含まれる栄養分を利用し、食料生産を拡大させ、環境影響を最小化できる大きな潜在的可能性があります。 一般的に使用されている生物学的、化学的、物理的な栄養素の回収方法を表1にまとめます。 近年注目が集まっている、潜在的にサステナブルな方法には、以下などがあります。

  • スマートナノ肥料。窒素ナノ肥料は、植物への窒素供給の有効性を高め、環境への窒素損失を減らすことで、窒素利用効率の向上が期待されています。 これは、いくつかの方法で実現することができます。肥料の量を縮小してナノ粒子にする方法、肥料をナノ材料で補う方法、またはカプセル化やナノポアに貯蔵することによってナノ複合構造を形成し養分放出を制御する方法、などです。
  • バイオリファイナリー。農作物を原材料とする第一世代バイオリファイナリーに対し、第二世代バイオリファイナリーでは残渣や廃棄物などを原料にします。 バイオマスは、各種の変換プラットフォームを用いて、酵素や微生物により液体燃料や化合物に変換されます。
  • バイオ炭(木炭)。バイオ炭の利用は炭素隔離の分野では比較的新しい概念である一方、この炭のような物質の歴史は2000年前のアマゾン流域にさかのぼります。その時代には炭化したバイオマスを土壌に加えることで、土質と肥沃度が向上すると考えられていました。 枯れた植物や落ち葉などの有機物を嫌気性熱分解することで、クリーンでエネルギー効率の高い方法で、安定的な炭素を生産できます。
  • ストルバイト 。ストルバイトは、グアナイト、リン酸マグネシウムアンモニウム(magnesium ammonium phosphate、MAP)とも呼ばれ、Mg2+、(NH4)+、PO43- が1:1:1のモル比または化学量論的割合で結合した結晶です。 単独で使用できるほか、他の廃棄物由来の生成物、微生物接種剤、従来の無機肥料と併せた複合肥料としても使用できます。 高い栄養組成と徐放性により、商業的な肥料生産には魅力的な候補です。

表1. 一般的に使用されている廃棄物からの栄養素回収プロセスの概要

方法 説明
生物学的
嫌気性消化
  • 空気(または酸素)のない密閉空間で微生物が有機物を分解する自然のプロセス
  • 生成物は発酵残渣(バイオガス製造時の副産物)
堆肥化
  • 有機物から腐植物質への、微生物を媒介した好気性、好熱性の生物変換
  • 生成物は堆肥
ミミズ堆肥
  • 微生物とミミズを用いた、有機廃棄物を有機肥料に分解する生物変換方法
  • 生成物はミミズ堆肥
化学的
化学的沈殿と結晶化
  • 都市廃水からリン酸塩を回収する、最も一般的な化学技術
  • 生成物は Ca5(OH)(PO4) 3(ヒドロキシアパタイト)、NH4MgPO4.6H2O(ストルバイト)
イオン交換膜電解(ED)
  • イオン交換膜の応用による、排水中の栄養分の抽出
  • 生成物 は(NH4)+、K+、Ca2+、Mg2+、(PO4)3-
物理的
焼却、ガス化、熱分解灰の栄養素回収
  • 高熱を使って廃棄物を分解し、栄養素を回収する方法
  • 生成物は灰およびバイオ油、バイオ灰または木炭(熱分解)
前方浸透圧(FO)
  • 浸透圧勾配を推進力とし、半透膜を利用して溶質と水を分離する方法
  • 生成物はリン酸塩とアンモニウムの栄養素
吸着、吸収、ソルベント
  • 栄養素の回収のために、ゼオライトや粘土、バイオポリマー、バイオ灰などの天然吸着剤が研究されてきている
  • 生成物はストルバイトとリン酸カルシウム
膜ろ過
  • 嫌気性消化スラリーから栄養素を回収するのに有効
  • 生成物はリン酸塩とアンモニウムの栄養素

肥料研究と栄養素回収におけるサステナブルな農業のトレンド

専門家により精選された情報源、CAS コンテンツコレクション™を使って、さまざまな栄養素の回収方法をはじめ、どんなコンセプトがイノベーションを推進していて、ひいては循環型バイオエコノミーを維持しているのか、といった事を評価しました。 肥料を対象に広範囲にわたって検索した結果、2001年から2021年の間に、121,213件の特許と125,228件の学術論文がヒットしました(図2)。 学術論文では、肥料が作物の成長、生物反応、土壌肥沃度に及ぼす影響を中心とする主題が研究されており、その一部は肥料利用のための栄養素の回収過程や、流入水域の富栄養化を引き起こす汚染物質としての栄養素、または汚染物質を含む農業廃棄物や土壌に焦点を当てているものもありました。 特許関連では、肥料の栄養素回収に関連する有機物質とプロセス、肥料の配合、そして糞尿や灰そして発酵など、バイオ廃棄物の主題に焦点が当てられていました。

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図2: 肥料、持続可能性、リサイクリング、回収といったトピックに関する、広範囲にわたる検索で得られた学術論文件数および特許件数(2001年~2021年)

栄養素としての窒素、リン、カリウムの利用と、その回収プロセスについてサステナブルな農業のトレンドを確認するための検索を実施しました。

ジャーナルと特許の両方で「有機物/無機物の小分子」「元素」「塩/化合物」などの物質分類が多く、また特許では「混合物」も多くなっていました。

栄養素回収の方法では生物学的プロセスが最も顕著で、ジャーナル/特許の66%を占め、次いで物理的方法(22%)、そして化学的方法(12%)と続いていました。

主に関心が高かったのは、排水処理の汚泥、バイオ灰、そして灰からの栄養素回収でした。 バイオ灰の生成、ストルバイトの沈殿、そしてグリーンアンモニア合成において、顕著なトレンドが見られました。

炭/バイオ炭に関しては、特許とジャーナル両方で明確な増加傾向が見られ、特にジャーナルは2019年にやや減少したものの、継続的な増加を示しています。 サステナブルな農業に関する特許出版物は、特に2013年以降は増加しています。ただし、前年比の数字では多少変動が見られます(図3)。 概念分析では、「排水処理の汚泥」と「糞尿」が、「嫌気性生物学的消化」との関係性がが見られました。

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図3. 廃棄物・廃水に関連する肥料、持続可能性、リサイクリング、回収といったトピックに絞り込んだ検索から得られた、バイオ灰のCAS用語を含む特許件数と文献数(2000年-2021年)

ストルバイトの文献数は調査対象期間中で大幅に増加しました。 ストルバイトでも [(NH4)Mg(PO4).6H2O] の形態が多く、リン酸ストルバイト [MgK(PO4).6H2O] に関する文献はほとんど発表されていませんでした(図4)。ただし一部の研究では、回収後にリン酸マグネシウム肥料として役立つ可能性があることが示唆されています。 ストルバイト生成に関する主なコンセプトには、「化学沈殿」「晶析」「排水処理の沈殿」「吸着式排水処理」などがありました。

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図4. サステナブルな肥料の検索でヒットした、特許と学術文献における主なストルバイトの形態に関するトレンド(2001-2021年)

グリーンアンモニアは主にジャーナルで扱われ、2020年には特許文献が出版物全体の20%に達しました。 グリーンアンモニアの触媒合成に関与する物質については、2017年から2021年にかけて大幅に増加しています。2017年には100種類未満だった物質が、2021年には500種類近くまで増加しています。 注目された物質は、グリーンアンモニアの合成に用いられる新規触媒を構成する物質、つまり無機材料、有機/無機小分子、元素、そして配位化合物などでした(図5)。 なお、光触媒や電気触媒による窒素還元を扱っている学術論文の割合は、2001年の1%から2021年には25%に増加しており、この手法の急速な進歩が浮き彫りになっています。

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図5. グリーンアンモニア合成研究における年別の論文発表トレンドと触媒に使用されている物質(2001-2021年)

気候変動に強い農業がやって来るか

世界人口の急激な増加に伴い、農業食品産業への圧力も高まっています。 肥料の生産も、そして農業廃棄物の蓄積も、ともに取り返しのつかない環境破壊を引き起こしています。 持続可能性と循環型バイオエコノミーという概念は、責任ある農業を実践する上での中核的な原則となっています。 このサステナブルな農業の原則は、廃棄物処理や栄養素回収、そしてエネルギー効率化を統合するシステムを開発するための研究を推し進めています。

グリーンアンモニア合成、廃棄物からの肥料栄養素回収、微生物配合など、肥料生産の「グリーン」な代替プロセスは、食糧生産の方法を変革する可能性を秘めています。また、廃棄物を価値ある副産物に変換することもできるのです。

栄養素回収プロセスは、効率化し、コスト削減し、そして環境負荷を最小化するべく、現在商業化されつつあります。 サステナブルな農業技術としては、以下の技術が脚光を浴びています。

  • AirPrex®(CNP CYCLES GmbH社、ドイツ) は、生物学的なリン酸塩の除去を改善する、特許取得済の汚泥最適化プロセスです。 AirPrex®反応炉では、消化汚泥を処理して、最終的に肥料として利用できるMAPつまりストルバイトを沈殿させることができます。
  • AshDec® Thermochemical P-Recoveryシステム(Metso Outotec社、フィンランド)は、下水汚泥灰からのリン回収を通じて、作物への栄養素の有用性を向上させ、重金属含有量を減らすことができます。 このリンはクエン酸塩に溶けるため、環境にやさしい生成物です。 さらに、リンの溶出は制御されていて、作物の根の滲出液があるときのみ行われます。
  • RecoPhosプロジェクト (RecoPhosコンソーシアム)は、産学が一体となって取り組む学際的なプロジェクトです。 革新的な反応炉を用いて、下水、汚泥、焼却灰からリン(白リンまたはリン酸)を回収することを目的としています。 この研究は、完全作動可能なベンチスケール反応炉の実施と、試作スケールプラント設計の基盤となるものです。 また、RecoPhosプロセスの経済的、環境的、社会的な影響も評価されます。

こういった取り組みは、科学、技術、業界が横断的に連携することで、食料生産の課題を克服するだけでなく、廃棄物回収の効率化にもつながるということを証明しています。 サステナブルな農業は、私たちの社会を将来にわたって支える確かな手段となるでしょう。

栄養素回収プロセスにおけるサステナブルな農業のトレンドの詳細については、CAS Insight Reportをご覧ください。